2015年08月12日

リプレイのスタイル、TRPGへのスタンス

 TRPG自体にも言えることなんだけど、リプレイっていうモノにも、それに対するスタンスってかなり人によって違うよね。
 オレなんかは物語中心主義というか、自分がリプレイをつくる時でもいわゆる「中の人」を全く感じさせないタイプが好き。
 変な言い方になるが、そのキャラがTRPGをしている視点で書いているというか、プレイヤー発言だとしてもその発言はキャラクターの性格に沿った発言になっているという形が好きなのだ。
 
 でもAHCのメンツにもいるんだけど、TRPGはゲームであり、目的は勝ちである、という視点でプレイしたりリプレイ読んでいる人もいる。
 TRPGだから「勝ち」の方法はゲームによって異なるんだが、例えばクトゥルフ神話TRPG(CoC)であれば、いかに狂気度を下げるか、そして他のPCにいかに恐怖を見せつけ発狂させるかっていうところを勝ちと見いだす。
 つまりそのプレイヤーはそれだけを追い続けるので、実際のプレイでもゲーム上の多少の理不尽は気にしない。
 例えば恐怖っぽいものがあったらすかさず携帯カメラで写真を撮り、意味も無くメールでばらまくなんて序の口で、ロジに閉じ込められている吹雪の雪山で外から不気味な目が見えると、KPが外に出るのは無謀だと状況説明してもとにかく外に駆けだしてみたり、あげくには危険な場に行くことが分かっていると、それを動画配信サイトで生中継すると宣言して聞かなかったりと、そんな有様である。
 オレからしたらデタラメな行動であるが、しかし彼からしたら「TRPGはゲーム」である以上、「ルール上できること(禁止されていないこと)は出来る」という理屈なんだと思われる。
 そしてそういう彼は、リプレイとは「ルールを確認するためのツール」でしかないんだそうだ。
 「リプレイは小説とか読み物ではない」と言っていた気がする。
 
 まぁオレも含めて両極端な意見なのかもしれないが、それでもそういう人はいるっていうことだし、そしてなにより、どっちが正しいというわけではない。
 ゲームなんだから楽しみ方は人それぞれなわけだから、どっちが正しいとか、そういうことは言わない。
 オレはオレなりの楽しみ方、彼は彼なりの楽しみ方があるのだ。
 
 ただ問題になってくるのが、一緒にプレイする時。
 そしてもっと問題なのが、リプレイ用に一緒にプレイする時だ。
 単にプレイするだけなら、まだなんとかなる。
 初見の人なら難しいかもしれないが、さっきの彼は付き合いも短い方ではないので、そういうプレイに走られてもなんとなく全員が楽しめるような方向に持って行くことは可能だ。
 ただリプレイだと、「当事者が楽しむだけでは済まない事情」がある。
 つまりは、読み手の存在だ。
 リプレイは結局は読んでくれた人が面白いと思うかどうかが第一であるわけで、GMやプレイヤーが楽しんだかどうかは2の次なのである。
 
 こういう場合に問題なのが、チグハグなリプレイになってしまう点にある。
 さっき言ったようにリプレイの楽しみ方も人それぞれなので、勝ちを意識したリプレイもあっていいと思うが、ただその場合はプレイヤー全員がそういう意識のもとにプレイしたリプレイでないと、内容がチグハグになってつまらないものになってしまうだろう。
 例えばPC1が頑張って物語を盛り上げようとロールプレイしているのに、PC2が全くロールプレイせず、女の子キャラなのに男プレイヤー素のまましかしゃべらないようなプレイのリプレイを書いたら、そりゃもう本としては面白くないよねと。
 
 だから、この辺多少気を遣うわけだ。
 オレとしたら物語重視の、中の人も分からないタイプのリプレイが好きだから、自分が作るリプレイでもそういう感じの方向で書く。
 必要ならセリフも修正や加筆する。
 それなのにロールプレイを全く無視した、しかも物語を壊す(しかも積極的に)ような方向にばかり走るプレイをされたのでは、リプレイとしてのプレイが成り立たないのである。
 
 つまりこれって、けっこう人によってTRPGに対するスタンスが、想像以上に違うってことなんだと思う。
 普段同じように卓を囲んでいる仲間でも、よくよく観察すると微妙に自分とはTRPGへの取り組み方が違うのだ。
 でもそれは、つまりはTRPGというゲームがとても包容力を持った門戸の広いゲームだということなのだろう。
 
 コミケ前でリプレイを書いたり読んだりして、そんなことを思ったのである。
 
posted by AHC at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | あまおち総統エッセイ